「私とお店を出してないか?」
こんな一言から始まった。
そこはとあるパーティ会場。
茨城の政治家や代議士やらが顔を出しているところ。
その当時、俗に言う"大物"が集う場所。
2,3週間後に、承諾して上海に。
そのお店の備品やらコンセプトを決めるために。
朝から働いて、朝まで飲んだ。
エグゼプティブな甘い蜜を吸った。
「君とは5年間くらいの期間、一緒に働こう。
このお店を大きくして全国展開していこう。」
その当時はあまりよくわからなかった。
ベンツのS600なんかに乗って東京に行った。
僕は運転手、後ろに乗っている。
愛宕や恵比寿などの高層ビルの上で食事をする。
最高のサービスに最高の食事に最高のワイン。
そのときの客単価で1人10万はいってた。
「私はこんなんには負けたくないよ。」
1年間後におよそ1億5000万くらいのお店を作った。
「このお店に私は賭けている。一緒に頑張ろう。」
うまく売り上げが続かない。
社内での揉め事も多い。
「今は我慢してくれ。これからだ。」
今考えれば、我慢以上に努力するべきだった。
なにもかも後悔の海に。
お店を作って1年後
「すみません、今月で辞めます。」
なんのリアクションもなく承諾。
僕は次の仕事を見つけに出かけた。
それからはたまに電話がかかってきて
「今、東京にいるんだ、一緒に飲もう。」
「すみません、今日も残業なので、、。」
会社を辞めるときから会っていない。
会っていない。
もっと会っておけばよかった。
もっといろいろ喋りたかった。
今なら少しだけ話せると思う。
が遅い。
12月24日、心筋梗塞で亡くなった。
突然だった。
今は人生を楽しむしかない。
笑って写真に写るしかない。
ここからが、僕たちが受け取ったバトンの最初。
どんなリレーをしていくのか、
どんなことをしていくのか、なんも決まっていない。
決めるべきでもない。
ここで受け取った様々な出来事を活かせるよう
人生を楽しく生きて生きたい。
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