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田中屋
1981年生まれ AB型 2004年よりシルバーアクセサリーブランド「田中屋」を...

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人面樹ピアス

2006年08月31日 0:01

jinmen.jpg
これも妖怪です。
すみません。縦で…。

百鬼夜行絵巻

2006年08月29日 3:18

00008866[1].jpg
参考資料はこんな感じです。
絵巻ものですので、妖怪が羅列、とうか跋扈しています。
私がアクセ化したのはこの絵巻ものの最初の方でした。

この絵巻は、意気揚々とした妖怪の並びから始まり、最後には日の出の絵が描かれ、妖怪が逃げる様を一連の絵巻ものとして描いています。

百鬼夜行ペンダント

2006年08月28日 14:25

hyaku.jpg


こちらが百鬼夜行ペンダントです。
日本最古の妖怪絵として描かれた絵巻もので、土佐光信が描かれたという事になっています。
妖怪として個別ではなく、この一連で百鬼とされたものという感じでしょうか。
まだ、妖怪が個性を持つ前、ただ単にひとくくりで「鬼」とされていたものたちです。

百鬼というのは、本当に百の鬼が並んでいるわけでなく、「多い」という意味合いだけです。
このものたちは、いわゆる九十九神(つくもがみ)が多いです。
何年も、この場合はやり「多い」という意味での「九十九」、経つと道具が道具ではなく鬼になる、という考え方から生まれたものです。

その絵巻ものの最初の方を抜粋して、シルバーに描いたものがこの作品です。

目目連

2006年08月26日 0:11

mokumoku[1].jpg
これがリングの元になった、鳥山石燕の描いた目目連です。

多田克己氏の絵解きから。
鳥山石燕は、荒れ果てた廃屋の古木材に浮き上がった年輪(柾目=まさめ、板目、木目)や、
障子の破れ目や壁の穴に、怪し気な目を連想したのであろうか。
家屋はさらに目を表す名称が多い。
例えば、板張りの形である羽目(はめ)。
「羽目をはずす」などに使われるあの言葉である。
木と木を繋ぎ合わせた、繋ぎ目。
材木の節のある部分の節目。
また戸や障子には、升目(ますめ)があり、物の隙間には、目貼りの紙が貼られる。
障子は家屋の間仕切り(まじきり)用建具の総称で、外気や物音、明かりなどを遮ったりするのに用いるが、古来「間仕切り」は「魔除切り(まじきり)」でもあり「障子」は「物の怪」の「障り(さわり)」を遮る、簡易な結界でもあった。
だが、「破れ障子」は逆に「物の怪」が「生じ(しょうじ)」る箇所なのか。
鳥山石燕の絵の「目目連」の、障子に現れた目は、「目に障る」の洒落なのである。
「壁に耳あり、障子に目あり」「目は口ほどに物を言う」
などのことわざのように、「物の怪」は家屋の主の秘事や悪事について目撃した事を、物語ろうと現れるのかもしれない。

「目目連」の「目」は、
「まなこ」「注視する」「もくする」「めくばせる」「要目(かなめ)」「題目」などの意味の他に
「たくらみ」「もくろみ」等の意味もあった。
「目語(もくご)」は口でいわずに、目で考えを相手に示す事だが、
「碁目(ごもく)」の「目」は、囲碁で基盤の目や碁石の数を数える助数詞である。
基盤の目は基盤の区切りの事。
基盤には堅く、打つ音の響きの良さから榧(かや=イチイ科の常緑高木)の木材を使用するが、
石燕は「目(もく)」と「木(もく)」の語呂から、榧(かや)と家屋の語呂を発想したようである。

囲碁は二人対局で、お互いの基盤の目に黒と白の碁石をかわるがわる置いて、地(じ=碁石で囲んだ領分)を争う遊戯である。
この時、石を繋げ置いて目を二つずつ作っていく。
反対に敵の目が生きられない(作られない)ように目を潰しあう。
「目目連」の目の正体は、家主の碁打ちが今まで数えきれぬ程つくってきた目の念が、家に籠っていたものなのだろう。

また、「目目連」の「連」は連なる事を示す。
碁石は直径約2.2センチほどの珠で、
玉(珠)を連ねる事を連珠(れんじゅ)という。
盤上ゲームの連珠(五目並べ)は、基盤の目の上に交互に黒と白の碁石を置いていき、縦、横、斜めのどれかを連続して五個先に並べた者が勝というルールだが、障子に出現した「目目連」の姿は、まさに連珠のようである。
五目はまた芥(ごもく=ゴミ、ゴミ捨て場)の語呂に通じて、
無残に荒廃した人家を連想させる。
そこに日々「黙々」と「目目連」は現れていくのだろう。
「目の寄る所へは玉も寄る」
とは、同類は自然に相集まるものである事の例え。
「碁打に時無し」
は、時の経つのも忘れて、勝負に夢中になる例えだが、家が廃屋になっても、碁打自身は死んで肉体がなくなった事も忘れて「目目連」となり、黙々と目を作り続けているのかもしれない。

同様の例えに
「碁に凝ると親の死に目に逢わぬ」
というのがある。
「目目連」と成り果てた碁打ちの二人は、親の死に目どころか、己の死さえも知らずにいつまでも夢中になっているようである。

目目連リング

2006年08月25日 22:12

moku.jpg


ここから過去の作品集を。

まずは目目連(もくもくれん)リング。
私が始めて作った妖怪ものです。

ワックスペン

2006年08月18日 3:26

VFSH0290.JPG
いわゆるインジェクションワックス(グリーンの柔らかいやつ)はこのワックスペンを使います。
温度が調節できて、モノによって温度を変えます。
インジェクションワックスはすぐ溶けてしまうので、そんなに温度をあげなくても平気。

先にペン先みたいなのを付けて使います。
これは真鍮で出来ていて、自分で好きなように加工してつかいます。

これで溶かしたワックスを盛って作るわけです。

デザインについてとか。

2006年08月09日 19:22

最近体調を崩し気味です。
上手くバランスが取れていない感じ。

最近はグラフィックの勉強もしている私ですが、「デザイン」という共通項があります。
それは全て役に立っていて、面白いです。

まず、ターゲット。
どんな人に見せたいのか、買って欲しいのか。
マーケティング。
どんな人がどんな商品を欲しがっているのか。
抽出。
ターゲット、目的にあった事柄を具体的に出していきます。
デザイン。
抽出されたデータを元に、商品を作ります。
ここで、グラフィックの場合、余分な物は排除します。全て意味があるように、いらないオブジェクトは削除して、余白と緊張感を上手く創り出します。
ですが、彫金の場合、余分な物が作品の面白みだったりするので、ここはなんとも言えないところです。

これらを元に商品作りをしていくと面白いです。
売れなければ、また最初からやり直しです。

私はいつもミニクロッキー帳を持ち歩いています。
デザインはどこで生まれるかわかりません。
書き留めてなければ忘れてしまいます。
結構、電車の中とか思いついたりします。