【decoRecommended:報道写真その3】REQUIEM
2008年06月19日 10:00
デコです、こんにちは。
先日、SPBS(SHIBUYA PUBISHING BOOKSELLERS)で見つけた写真集『REQUIEM』が届きました。
表紙カバー写真:ラリー・バローズ(ベトナム ケサン近郊 1966年)
まだ全ページをざっと追いかけただけですが、ページをめくればめくるほど、1945年から1975年のインドシナ(ベトナム・ラオス・カンボジア)にまつわる戦争を取材中に殉職した135名のジャーナリストが残した数々の写真にただ圧倒されてしまいます。
ラリー・バローズ(ベトナム ダナン 1965年/任務は痛ましい失敗に終わり補給室で泣き伏すジェームズ・ファーレイ機長【Life】)
ロバート・J・エリソン(ベトナム ケサン 1968年/数ヶ月にわたり北ベトナム軍の包囲下にあったケサンの海兵隊員。この兵士の顔写真はエリソンが殉職したおと『ニューズウィーク誌』に掲載された【Black Star】)
ロバート・J・エリソン(ベトナム ケサン 1968年/物資輸送機の着陸を阻止しようと共産軍が執拗に砲撃してくるなか、塹壕に身を潜める米海兵隊員【Black Star】)
沢田教一(ベトナム ユエ 1968年/ユエ王城内の戦闘で戦車を盾に戦う米海兵隊員【UPI】)
驚いたのはこれまでベトナムの報道写真といえばアメリカ、および南ベトナム政府軍に従軍し撮影したジャーナリストの写真を目にした人がほとんどだと思いますが、解放戦線・北ベトナム軍の報道員(カメラマン)が撮影した写真が多数掲載されている点です。
アメリカ側からの視点と北ベトナム・解放戦線側からの視点を、1冊の写真集の中で対比することができるのは貴重なことかもしれません。
ブイ・ディン・トゥイ(ベトナム ホーチミン・ルート 1966年/弾薬箱を運ぶ北ベトナム軍女性兵士【VNA】)
今からおよそ50年から30年前に残された数々の写真をひとつひとつ自分の目に今になって焼きつけることに、どのような意味があるのか、正直なところ自分でもわかりません。
この写真集の中にはカバー写真を撮影したラリー・ベローズがTVのインタビューを受けた時の彼の言葉が抜粋されています。
『負傷し苦しんでいる兵士を目の前にした場合、放っておいて写真撮影を続ける権利が、私にあるのだろうか。胸に手をあてて自問すると、「いや、おまえは彼を助けるべきだ」という良心の声が聞こえてくる。〜(中略)〜私はよく自問した。他人の苦しみを伝え、それを職業としていいのかと。だが、私なりに自分を納得させている。世の中ではこんなことが起きているということを読者に伝え、理解してもらうために、ささやかながら貢献しているんだ、だから仕事を続ける意味があるのだと』
1969年放送のBBCテレビ番組『ビューティフル・ビューティフル』で語るラリー・バローズから抜粋
彼のような報道カメラマンの眼が僕の眼を彼らの写真にくぎ付けにしてやまないのかもしれません。
今日も生きざま更新中!
山口デコ


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